温泉地にいくと、温泉水を使った名物料理に出会えます。たとえば、大分県の別府市を中心に見られる伝統的な調理法「地獄蒸し」。これは、地獄釜と呼ばれる専用の釜の中に食材を入れて、温泉の蒸気を使って蒸す方法です。野菜や魚介、プリンや卵に至るまで、さまざまな食材を蒸すことができます。他にも料理に温泉水を使ったり、温泉水そのものを飲めたり、温泉は入浴だけでなく食事の場面でも大活躍です。
温泉水を使った料理は、普通の料理よりもおいしいとの評判もあるようですが、実際のところはどうなのでしょうか。確かに、健康と美容に良さそうな温泉水を使うと、いつもより美味しく感じられそうな気はしますが…もしかすると、単に観光地という非日常空間で食べるからおいしい、というだけかもしれません。料理に温泉水を使うと、実際どのぐらい味に変化が起こるのでしょうか。
地獄蒸しに不向きな食材もアリ?
別府大学の研究者らは、いくつかの食材を地獄蒸しにして、味や見た目の変化についての調査を行いました。(温泉地でしかできない研究ですね…!)
対象とした食材は、さつまいも、もち米、ほうれん草、玉ねぎ、鶏ささみ、いか、卵の7種類です。これらの食材を、地獄蒸しにしたものと、電気蒸し器で蒸したものを用意して、食べ比べの実験が行われました。
その結果、一番食材に変化が訪れたのは、さつまいもでした。さつまいもは、見た目や色、舌触り、甘味、全体的な印象について、地獄蒸しのほうが普通蒸しよりも評価高くなったのです。他にも、もち米やほうれん草、卵などでは色や香りの面で地獄蒸しが勝っており、玉ねぎのシャキシャキ感も増したようです。一方で、鶏ささみは変化がなく、いかに至っては外観や色、舌触りの面で一般蒸しのほうが高い評価となりました。つまり、地獄蒸しは野菜や穀物には向いてるけどタンパク質系はイマイチなものもある、という結果になったのです。
この理由としては、温泉に含まれる蒸気の中には、アルミニウム、銅、鉄、硫黄などのミネラル成分が含まれており、これがタンパク質と結びついたせいではないかと考えられています。また、同じタンパク質でも、卵の評価が良かったのは、卵はもともと加熱と共に硫黄を含む成分を生成するため、逆に卵らしさを強調するようになったためではないかと思われます。ミネラル分とタンパク質の結びつきが、良い変化をもたらす場合もあれば、悪い変化をもたらす場合もあるようですね。
プリンは固く、豆腐はやわらかく
また、大分大学と別府溝部学園短期大学の研究者らは、温泉水そのものを使った調理実験も行っています。
茶碗蒸し、豆腐、プリンの牛乳や水の一部を温泉水に置き換えて作ったものや、温泉水で茹でたうどんを用意し、食材の硬さやおいしさについて調べられました。
その結果、温泉水を使ったプリンは固くなり、豆腐はやわらかくなることがわかりました。卵のタンパク質は温度が高くなるにつれて固まっていきますが、この固まり方は砂糖や塩などを加えると変化することが知られています。プリンの場合は、温泉成分によってより低い温度で卵が固まりやすくなったために、通常よりも固くなった可能性があります。
また、豆腐は、にがりに含まれるマグネシウムがタンパク質を結びつけることでぷるぷると固まっていますが、温泉成分が入ることによって、この結びつきが弱まるために、柔らかくなったのかもしれません。いずれにせよ、温泉水を使うことで、食材の固さが変化して、食感に影響が出る可能性があるといえるでしょう。
このように、温泉水を使うことで、実際に味が変わるか変わらないかと聞かれたら、「変わる」であることは確かなようです。温泉地に旅行に行かれた際には、ぜひ現地でしか味わえない温泉の味を堪能してみてください!
参考:
地獄蒸しの官能評価
別府鉄輪温泉水を使用した食品の調理特性と嗜好性