科学者が料理に本気を出し始めている!?
人々のこれまでの経験から、料理をおいしく作る方法はさまざまに編み出されてきました。素材選びから火の通し方、調味料を加える順番、隠し味の有無まで、その変数は限りなくあります。そして、そうした一連の方法は「レシピ」としてまとめられ、料理本やレシピサイトを参考に、私たちもレシピに従っておいしい料理を作ることができます。
しかし、レシピに従って一連の調理作業をし、完成したおいしい料理を食べるだけではココロが満たされない人種がいました。科学者です。彼らの頭の中では、「なぜ、この順番で加えるのか」「なぜ、この量なのか」といった素朴ななぜから、「なぜ、この組み合わせをおいしいと感じるのか?」という哲学的ななぜまで、数多の”なぜコール”が鳴り響いています。
そうした背景から生まれた(?)のが、化学反応や分子の変化の視点から調理法やおいしさを研究する「分子調理」の分野です。分子ガストロノミー・分子料理法などとも言われ、ヨーロッパを中心に世界で注目され始めています。
そこで!今日は、そんな分子調理の世界に迫るべく、日本の分子調理学の研究者である、石川伸一先生(以下、石川)にお話を聞いてみました!
◎石川伸一さん。宮城大学・食産業学部で准教授。専門は分子レベルの食品学、調理学、栄養学で、特に乳や卵、牛肉に詳しい。企業とも数々の共同研究を行うほか、著作『料理と科学のおいしい出会い』や、自身のウェブサイト「分子調理・分子料理ラボ」(http://www.molecular-cooking-lab.net)にて、分子調理の面白さを広めている。Twitterは@yashoku_nikki。
きっかけはアイスクリーム
○料理と科学を結びつけ始めたのはいつ頃なのでしょうか?
石川「元々凝り性で、なぜおいしいのか、どうしたらもっとおいしくなるのかということをいつも考えながら料理をしていました。科学を意識するようになった一番のきっかけは、学生時代にアイスクリーム作りに凝りまくったことですね。真冬にずっと作っていました(笑)。」
○それはとても寒そうですが・・・!
石川「お腹もずいぶん冷えましたが、大学で朝から晩まで実験をして、帰ってアイスを作り、その日のうちに食べる、という日々を繰り返していました。」
○アイスクリームが特別お好きだったのですか?
石川「というわけでもないのですが(笑)、他の料理も試した中で一番アイスクリームが面白かったんです。分子レベルでタンパク質や乳脂肪や氷の結晶がどうなっているかが分からないと、本当においしいアイスを作るのは難しいなあと。これがきっかけで、分子レベルで料理を研究する必要性を感じました。」
○おいしいアイスの秘訣は発見できたのですか?
石川「原料の配合割合がとても大事ですが、原理的に滑らかなアイスにするためには、アイスの氷の結晶を小さくすれば良いことが分かっています。アイスの結晶は短時間で凍らせると小さくなり、長時間で凍らせると大きくなります。一番最短で凍らせる手法としては、液体窒素というものを使って冷やすのが良くて、温度はマイナス196度です。」
○かなり低温ですね!それは家でも手に入るのですか…?
石川「ちょっと難しいですね(笑) 家で冷凍庫より低温の環境が欲しい場合は、ドライアイスを使えば、マイナス50度以下にはなりますよ。取り扱いには十分気をつけないといけませんが。」
「おいしさ」を測るものとは?
○今は大学でどんな分子調理の研究をされているのですか?
石川「今行っている研究のひとつは、牛肉の焼き方の研究です。お肉を焼く機械を作っている企業と共同でやっているのですが、焼き方を変えると柔らかさや味、風味がどう変わるかというのを調べています。」
○つまり毎日研究室にはお肉の香りが…?
石川「そうですね、学生はうんざりしているでしょうね…(笑)」
○科学で「おいしさ」はどうやって測るんでしょうか?
石川「味覚や食感のセンサーだったり、成分の測定値だったり、そうした数字も参考にはするのですが、最後に信頼できるのは、やはり人間による判断です。いわゆる官能検査ですね。AとBの牛肉を50人程度に食べてもらって、点数をつけてもらいます。AのほうがおいしければAの方においしい要素があると考えて、数字を元にその理由を探っていく、というようなやり方をしています。」
○なるほど!それでおいしさの定義のようなものができていくのですね。
石川「たとえば、ローストビーフのような場合に一番重要なのは香りよりも、食感やみずみずしさ、そして特に味だというのが官能検査でわかりました。料理によっておいしさの要因は変わってきますので、ものによっては食感の方が大きな要因になってくるようなものもあります。」
分子調理はじわじわ広まり始めている
○ご自身のブログ(http://yashoku.hatenablog.com)でもさまざまな分子調理にチャレンジされていますが、実験のアイデアはどこから生まれてくるのでしょうか?
石川「ブログでの料理は、研究というよりも私の趣味的な遊びです。日々、新しい食べ物がいろいろなところで作り出されていますが、世界中のどんな食材でも比較的簡単に入手できる時代になった今、新しい味や香りで勝負しようとするのは難しいと思っています。なので、固さとか食感で新しさを出せるような料理を生み出していけたら面白いかなと思っていますね。」
※石川さんは、熱いと固まり冷えると溶ける「ホット・アイスクリーム」や、焼き芋がどこまで甘くなるのかを調べたりしている。
(画像元:“ホット・アイスクリーム”の作り方)
○科学的に料理するというと、添加物を連想する人も多い気がしますが…
石川「確かに日本人は添加物への抵抗感が海外の人より大きいですよね。海外で斬新な料理が流行った背景には、添加物を入れて「人工イクラ」のようなさまざまなおかしな料理が受け入れられたというのがありますね。。日本で海外と同じようにウケるかは、ちょっとわかりませんが。」
○日本で積極的に科学的な料理に取り組んでいる人たちはいるのでしょうか?
石川「京都の料亭の方々が作った「日本料理アカデミー」と京都大学が共同で研究しています。たとえば昆布だしの一番良い取り方のデータ(お湯の温度や時間など)をとって、ご自身のお店の調理にも採用しているようです。料亭のような伝統のある方々が、科学的なアプローチをすんなり受け入れたのは、今後の日本の料理を進歩させていく上で大きな一歩だと思います。」
○長年の自分の勘を信じている方が、「そのやり方は科学的に間違っている」と言われたら受け入れにくいでしょうね。
石川「昔ながらの師弟関係の中でやられている方や、何十年も経験を積んでいる方には、科学的なアプローチの料理は受け入れられにくいかもしれませんね。心情的に、自分の経験が最優先になりますからね。若い方の方が柔軟性が高い傾向があるのは確かでしょう。でも、科学的な調理の知見を取り入れ始めている企業は多く、私もアドバイスを求められることがありますので、今後分子調理は必要とされる機会がより増えて行くのではないかと思っています。」
○最後に、石川先生ご自身の今後の方針を教えてください!
石川「私の大きなテーマは、おいしさはどうやって測るのか、おいしさってなんなのか、ということです。もともとは食の健康増進機能に興味があったのですが、東日本大震災での被災をきっかけに、よりおいしさに興味を持つようになりました。毎日同じ食べ物を配給されて、そのもの自体はおいしくても、続くとおいしくなくなってきてしまい…。そこから、辛いときほどおいしい料理、そして飽きない料理は大切だと思い、人が感じるおいしさのメカニズムに迫りたい気持ちが強まりました。」
○分子調理の研究が進めば、おいしさの真相がわかるのでしょうか?
石川「おいしさは、成分や味以外にも、メンタル的なものだったりその人個人の経験だったりに大きく左右されると思います。測定値を元に考える理系的なアプローチも大切ですが、そうした人間の感性的な部分も同じくらい重視しながら、両方の側面でおいしさの全容に迫っていきたいですね。」
○貴重なお話、ありがとうございました!!