読むと“ハズレのししとう”の見方が変わる
天ぷらや焼き鳥として目の前に現れることが多い、ししとう。あなたもよくご存知の通り、ししとうには”当たりとハズレ”があります。運悪くハズレのししとうを食べてしまった時には、その辛さに悶絶し、己の不運さが恨めしくなります。
しかし、考えてみてください。なにも、ししとう側も、あなたを攻撃したくて辛くなっているわけではありません。あらゆる動植物は、生存に有利な機能を残して進化しています。きっと、ししとうが辛くなるのにも、ししとうなりの理由があるはずです。
今日は、人間に嫌われると分かっていながらも辛くならざるを得ないししとうの想いに耳を傾けてみましょう。
仮説1:鳥に種子を運んでもらうため
ししとうは唐辛子の仲間であり、ししとうの辛味成分は、唐辛子のそれと同様に「カプサイシン」と呼ばれる物質です。カプサイシンは発汗を促したり食欲を増加させるなど、人体への効果に関する情報は多く見受けられます。しかし、カプサイシンを作る植物側へのメリットについてはあまり知られていないでしょう。
唐辛子の仲間におけるカプサイシンは、へた付近にある「胎座」と呼ばれる部位に多く存在しています。胎座とは、子房(将来果実になる部分)の中で、胚珠(将来種子になる部分)がついている部分のことを指しています。ししとうでは、天ぷらになる緑色の部分全体が果実に相当し、中に種子が入っています。同様に、唐辛子も赤い部分が果実に相当します。
小中学生のころ授業で習ったことがあるように、自分で動けない植物が果実の中に種子をつくるのは、動物に果実を食べてもらい、種子(子孫)をばらまいてもらうためです。動物に食べてもらうべき部分に辛味成分を含んでいると、我々と同じように「こんな辛いもの食べれるかー!」となって食べてもらえなくなるはずなので、一見おかしく見えます。 ところが、食べても辛さを感じない動物がいるのです。鳥類です。鳥類は、カプサイシンの辛味を受け取る部位を持っていないため、食べても辛いと感じません。おまけに、哺乳類に食べられた場合は噛み砕かれて種子が潰れてしまうのに対し、鳥類には歯がないため、噛み砕かれる心配がありません。
唐辛子の仲間は、自分の種子を壊されることなく遠くに届けてもらうために、鳥だけに食べてもらえるように進化した、という可能性があるようなのです。
仮説2:感染予防をするため
唐辛子の仲間全体が辛い理由は分かったものの、ししとうは本来辛くないはずのもので、辛いのは10個に1個程度と言われています。ししとうが辛くなる原因としては、水不足が挙げられます
2004年に台湾の研究者らによって発表された研究(*1)では、唐辛子の仲間である植物を水不足の状態に陥らせたところ、30日間水不足が続くと、普通に水を与えられたものより3.84倍もカプサイシンの濃度があがり、さらに50日間にまで伸びると4.52倍にまで上昇することが分かりました。同時に、カプサイシンをつくる酵素の働きを調べたところ、1.4〜1.5倍近く働きが活発になっていたのです。
このように、カプサイシンの合成は水不足に対応して増えることが知られています。カプサイシンと水不足はどのような関係があるのでしょうか。 2008年に行われた別の研究(*2)を紹介しましょう。南米の唐辛子の果実は、カメムシによって果実の汁を吸われ、その傷口からカビが感染することが知られています。このとき、カプサイシンの濃度が高いものは低いものに比べて2倍近く感染しにくく、カビの成長も抑えられることが分かったのです。
果実の汁を吸われると、果実の中の水分が減ります。唐辛子は、長い歴史の中で、水分が減るタイミング=感染リスクが上がるタイミングと学んできたために、水分が減ったときにはカプサイシンを増やして、感染対策を行ってきたのかもしれません。
以上をまとめると、ししとうをはじめとする唐辛子の仲間がカプサイシンを持っているのは、1.基本は子孫を増やすため、2.水不足の環境下では感染症を防ぐため、という2つの理由があることが考えられます。植物種として一生懸命生きていくために、辛くならざるを得ないのですね。
これからはぜひ、”ハズレのししとう”に出会ったとしても、巧みな戦略で長い歴史の中を生き抜いてきたししとう努力を褒めてあげてくださいね!
参考論文
*1 Evolutionary ecology of pungency in wild chilies
*2 Capsaicin biosynthesis in water-stressed hot pepper fruits