ハウス栽培トマトとハチの知られざる関係
一年中スーパーに並んでいる真っ赤なトマト。露地栽培のできる時期以外も、農家の方々がハウス栽培で丹精込めて作っています。
トマトのハウス栽培には、ある毛むくじゃらのハチが関わっていることをご存知ですか。今回はトマトとハチにまつわるホットな話題をご紹介します。
「想像妊娠法」から「モフモフのキューピッド法」へ
トマトは温室内でそのまま育てると、花粉がめしべにつく割合(授粉率)が低く、したがって果実が実る割合(結実率)も下がってしまいます。これに対応するため、90年代より前には、除草剤の成分でもある植物ホルモン剤によって強制的に実らせるのが主流でした。いわばトマトの想像妊娠状態です。この方法ではトマトの花に手作業でホルモン剤を噴射するため、農家の方々の労力は大変なものでした。
そこへ革命をもたらしたのが、毛むくじゃらで働き者のマルハナバチ類です。
一般にイチゴやメロンなどの栽培では、ミツバチ類の力を借りて授粉しています。しかし、蜜が分泌されないトマトの花には、ミツバチ類が訪れてくれません。一方でマルハナバチ類はモフモフの体を震わせて蜜のない花からも花粉を集める習性があるため、トマトのキューピッドとなりえたのです。
マルハナバチ類の利用により、農家の労力が軽減されただけでなく、強制的な結実方法に頼らないことでトマトの品質も向上。植物ホルモン剤の不使用に加え、ハウス内のマルハナバチ類への配慮から化学農薬を制限することになり、安心・安全なイメージのトマト生産にもつながりました。
ヨーロッパから導入されたハチが在来のハチを駆逐する?
しかしこれには問題が。当初導入されたのは、ヨーロッパで商業的な増殖に成功していたセイヨウオオマルハナバチ。日本にはもともと生息していない外来種を輸入したのです。長いので以下セイヨウマルと呼びましょう。外来種とは本来の生息地以外の地域に人為的に持ち込まれた生物のことです。
1992年から本格的に利用されるようになったセイヨウマルですが、トマト栽培ハウスから逃げ出して生態系に影響を及ぼすのではないかということは、当初から懸念されていました。
その心配は、1996年に北海道においてセイヨウマルが野外で営巣しているのが発見されて現実のものに。セイヨウマルとの競合や交雑、寄生虫が持ち込まれることによる在来マルハナバチ類へのダメージだけでなく、マルハナバチ類が花粉を媒介する野生植物の繁殖にも影響が出てきています。セイヨウマル自身に罪はありません。持ち込んだ私たち人間が解決すべき問題です[※1][※2]。
生物多様性と外来種の問題とは
最近よく話題になる生物多様性とは、生きものたちの豊かな個性とその複雑なつながりのこと。これを無数の部品からなる宇宙船にたとえることがあります。生物多様性を失わせることは、何億年という長い時間をかけて絶妙な調整がなされてきた部品を、その機能や関係性がわからないまま外していく行為だと。
外来種が増えれば多様性は増すのではないかと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、調整された部品を無理やり別の場所に付け替えるのと同じだと考えるとわかりやすいですね。部品同士はつながり合っているので、その影響が思わぬところに現れることがあるのです。
現在も利用され続けているセイヨウオオマルハナバチ
外来種への対策として、日本では2005年にいわゆる外来生物法が施行されました。この法律により、生態系や人の生命・身体、農林水産業への被害を引き起こす海外起源の外来種を「特定外来生物」として指定。飼ったり栽培したり輸入したりすることを規制しています。
セイヨウマルは2006年に特定外来生物に指定され、原則として飼うことが禁止されました。ただし、農家の方などが「生業の維持」を目的として許可を得た場合は、逃亡防止の措置をとることで飼養が可能です。
1999年からは在来種であるクロマルハナバチ(以下、クロマル)も商品化され、農業資材として利用できるようになりました。クロマルのキューピッドとしての能力はセイヨウマルよりも優れているという分析結果もあり、現在ではその出荷量が約3万箱と増えつつあります。しかし、クロマルの導入当初はセイヨウマルに比べて性能が劣るといった評判が立ち、その先入観は拭いきれないまま。セイヨウマルの出荷量は約6万箱で横ばいという状況が続いています。
この状況を受け、環境省と農林水産省は、セイヨウマルの産業利用を2020年までに半減し、最終的にはゼロを目指すことを盛り込んだ方針案をとりまとめました。ただ在来種に切り替えればよいというのではなく、その地域にもともと生息しているマルハナバチ類の種類や遺伝的多様性に応じて対応し、在来種であっても適切に利用することとしています。方針案は3月29日までパブリックコメントを受け付け中[※3]。
私たちは自然の恵みに支えられて生きています。セイヨウマルにまつわる状況に限らず、外来種によって生態系のバランスが崩れることで、食への影響も避けられません。専門家や農家の方々だけでなく、トマトを食べる私たち自身が考えたい問題ですね。
参考:
※1 五箇公一(2013)「特定外来生物セイヨウオオマルハナバチの防除」(国立環境研究所)
※2 小野正人(2015)「授粉昆虫マルハナバチの利用技術-過去、現在、そして未来(夢)」(日本農学アカデミー会報第24号)
※3 「セイヨウオオマルハナバチの代替種の利用方針(案)」に関する意見募集(パブリックコメント)について(環境省・農林水産省)