2018年7月、フランス・パリにて開催された、「「Kura Master – le grand concours de sake japonais de Paris 2018」において、最優秀賞であるプレジデント賞に、大分県の中野酒造が造る「ちえびじん 純米酒」が選ばれました。
日本における、「磨いた米ほど良い酒が造れる」という概念を覆した今回の結果。米の精米歩合が低く、雑味を無くした大吟醸ではなく、歩合の高い純米酒がフランス人から高評価を得た背景には、日本人とフランス人の味覚の違いがあったのです。
フランスの食文化を見ていくと、雑味が多いとされる純米酒を美味しいと感じたフランス人の舌の謎が解けてきます。
軟水文化の日本と硬水文化のフランス
フランスの水は硬水。しかもかなりミネラルの含有量が高く、水道水も飲料水も軒並み超・硬水です。シャワーを浴びると髪の毛や肌がゴワゴワする、コントレックス(フランスでよく飲まれる硬度の高いミネラルウォーター)は飲めない……など、軟水に慣れた日本人にはちょっと厳しいハプニングもあります。
しかし、超・硬水の環境で育ったフランス人にとっては、それがスタンダードなんですね。もちろん口にするものも全て硬水が使われていますから、味覚も自ずと硬水の特徴を含んだ味わいに慣れ親しみを感じ、美味しいと思う傾向に。
硬水はその名の通り、マグネシウムやカルシウムのミネラル成分の含有量が高い水のことですが、この硬水を料理に使うと、ミネラル特有の苦みや塩み、酸味が引き立つようになります。
もうひとつ、フランス人のミネラル感を好む趣が見られるのは、ワインです。
フランス産の白ワインは、酸やミネラル感が強く打ち出されているものが多くあります。最終的な味わいのバランスを決めるのは各ワイナリーの醸造責任者ですが、「これがベスト!」と思った味わいを指標に作ると、やはり、ミネラル感がしっかりあるもののほうが美味しく感じるのでしょう。
大吟醸酒で削られた部分には、フランス人の好きな味が隠れていた
日本酒造りにおいては、米の精米歩合が出来上がりの味わいを大きく左右します。米の中心である心白(しんぱく)と呼ばれる部分が最も香り高く、この心白を含むより近い部分のみを使用することで、香り高い、ピュアなうま味を表現できるとされています。
そのため、外側部分に多く含まれるアミノ酸類は「雑味を生み出す」という理由から削られがちです。ちなみに大吟醸酒の規定歩合は50%以下で、一躍人気になった獺祭の大吟醸では約20%のものがあるほど、低い精米歩合は高級日本酒の証。
しかし、日本酒の醸造過程において、原料の米のたんぱく質から「苦みペプチド」と呼ばれる、大変強い苦みや不快な後味を残す成分が生成されていることが報告されています。この苦みペプチドは使用する米の品種によっても差があるものの、味わいの濃さ(=骨格)にも深く関与しているんです。
米の多くの部分が残った米で作った純米酒には、その苦みペプチドも多く含まれることになります。日本酒の骨格を表すミネラル感も増すため、フランス人にとってはクリアな大吟醸に比べ、親しみのある美味しさに感じられたのではないでしょうか。
趣向品の好みで見えるその国の文化
これまで日本文化の中だけで楽しまれてきた日本酒ですが、海外進出が進む中、日本特有の「美味しさの基準」とは違った視点に出会うようになりました。
美味しいと思う味の裏側には、その国の、その人の文化的な背景が大きく影響していることを、今回のフランスでの品評会は教えてくれたのではないでしょうか。
新しい価値観に出会ったことで、今後の日本酒産業はより多様化していくかもしれません。また、様々な味わいにチャレンジしていく酒蔵が増えて行くことで、私たち消費者の選ぶ楽しみもさらに増えていくでしょう。
参考:
KURA MASTER 2018 受賞結果
JETRO(日本貿易振興機構) 味覚趣向性調査 調査報告書(2014年3月)』
橋爪克己 原料米タンパク質に由来する清酒の苦みペプチド』